일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

山本 周五郎의 樅ノ木は残った(もみノきはのこった)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 145,078자 · 285화면

아오조라 문고

甲斐はこの記事を消し、次つぎと三項目を消した。

「十年二月、国老として、自分、古内志摩。目付役今村善太夫、桑折甚右衛門、横山弥次右衛門、荒井三郎右衛門ら寄り合い、故里見十左衛門の跡目について相談した」

この相談は、と甲斐は朱筆で注を入れた。同年三月、十月の三回にわたっておこなわれた。一ノ関は「取潰し」を主張し、岩沼は「旧のまま」といい、自分は「半知にて家名を立てよう」という意見を述べたが、いまに到ってもまだ決定していない。

「同じ年十月、茂庭大蔵が逼塞の処分になった。番頭役を召放し、所替である。また、山崎平太左衛門も郡奉行の役を召放し、逼塞の処分を受けた」

甲斐はまた朱筆を取った。――山崎はかつて矢崎舎人が身を寄せていた。自分は危ないとみて、舎人を江戸へやったが、自分の疑惧は当ったのである。山崎の妻は涌谷さまの外従妹で、一ノ関ににらまれていることがわかったからであった。

「同じ年十二月、岩沼(田村右京)さまの御子息、修理宗永さまが右京太夫に任ぜられ、右京さまは隠岐守となられた」

自分は十月末に出府したのだ、と甲斐は思った。そして今年(寛文十一年)正月には、奥山大学が幕府国目付に対して、再度の訴状を呈出した。