후리가나로 읽는 일본 고전
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ほうねんぎょうでん
法然行伝
中里 介山
中里 介山의 法然行伝(ほうねんぎょうでん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 66,110자 · 131화면
四十四
修行者は乗願房から謂れを聞くと走り寄って乗願房の持っていた念珠を奪い取って火の中になげ込んでしまった。乗願房が驚いて尋ねると、修行者がはじめて夢のことを委しく語ったので、乗願房は却って修行者のなしたことを喜んだという話がある。醍醐の菩提寺の奥、樹下の谷という処に長く隠居していたが、後清水の竹谷という処に移り建長三年七月三日生年八十四で往生を遂げた。
四十四
長楽寺の律師隆寛は、粟田関白五代の後胤、少納言資隆の三男であったが、慈鎮和尚の門弟であり、後浄土に帰して法然の弟子になった。毎日阿弥陀経四十八巻を読み、念仏三万五千遍を唱えていたが、後には六万遍になった。或時、阿弥陀経転読のことを法然に尋ねた処、
「源空も毎日阿弥陀経三巻を読みました。一巻は呉音、一巻は唐音、一巻は訓でありました。けれども今は一向称名の外には他のことはいたしません」
といわれたので四十八巻の読誦を止めて毎日八万四千遍の称名を勤められた。
建久三年の頃叡山の根本中堂の安居の結願に、誰れを導師にという沙汰のあった時に隆寛がその器量であるという評判であるところが、一方には、「あれは法然の弟子となって、専修念仏を行とする上は、我が山の導師とするは不都合である」