후리가나로 읽는 일본 고전
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ほうねんぎょうでん
法然行伝
中里 介山
中里 介山의 法然行伝(ほうねんぎょうでん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 66,110자 · 131화면
三十六
この寺は弘法大師が父の為に建てられた寺であるが、その寺の記文の中に、「ひとたびももうでなん人は。かならず一仏浄土のともたるべし」とあるのを見て、この度の思い出はこのことであるといって喜んだ。
三十六
藤中納言光親卿は、月輪殿の最後の頼みによって様々に、法然上人恩免の運動をして見たけれども、叡慮お許しがなかった。しかし上皇が或る夢を御覧になったことがあり、中山相国(頼実)もさまざまに歎いて門弟のあやまちをもって咎を師範に及ぼすことの計り難いことをおいさめ申すことなどもあって、遂に最勝四天王院供養の折大赦が行われた時、御沙汰があって、承元元年十二月八日勅免の宣旨が下った。その条に、
太政官符 土佐国司
流人藤井元彦
右正三位、行権中納言、兼右衛門督、藤原朝臣隆衡宣。奉レ勅。件の人は。二月二十八日事につみして。かの国に配流。しかるをおもうところあるによりて。ことにめしかえさしむ。但しよろしく畿の内に居住して。洛中に往還する事なかるべし。諸国よろしく承知して、宣によりてこれをおこなえ。
承元元年十二月八日符到奉行
左大史小槻宿禰
権右中弁藤原朝臣
勅免があったとはいえ、まだ都のうちに出入をすることは赦されないで、畿内のうちに住むことだけを赦されたに過ぎない。