후리가나로 읽는 일본 고전
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ほうねんぎょうでん
法然行伝
中里 介山
中里 介山의 法然行伝(ほうねんぎょうでん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 66,110자 · 131화면
十二
といわれると見て夢が醒めた。醒めて後このことを法然に語ると、法然は、
「その通り、月輪殿とわしとは先きの世から因縁のあることじゃ」と云われたそうである。
こうして兼実は終に建仁二年(法然七十歳)正月二十八日月輪殿で出家を遂げ、法名を円証とつけ法然を和尚として円戒を受けることになった。
十二
大炊御門左大臣(経宗)という人は月輪兼実とは違い、日頃から余り信仰のない人であったが、ある人の方便で上人を請じ屏風を距てて念仏談を聞き信仰心を起して法然に帰敬し、文治五年の二月十三日に生年七十一で出家を遂げたがその月八日臨終正念の往生をとげたという。
花山院左大臣(兼雅)は最初から深く法然に帰依し、鎮西の庄園の土貢を割いて毎年法然に寄附して来たが、云うよう、
「わしは院の御所より外には車を立てたことはない身だが、法然上人の庵に車を立てることは苦しくない」
といって常に訪問して円頓戒をうけ、念仏の法門を談ぜられたが、生年五十四歳、正治二年の七月十四日に出家をとげ、同じ十六日に往生を遂げた。
右京権大夫隆信も深く上人に帰依し、念仏の一行を勤めたが、遂に建仁元年法然に従って出家を遂げ、法名を戒心とつけた。