후리가나로 읽는 일본 고전
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おうがいのけんこうとし
耄碌寸前
森 於菟
森 於菟의 耄碌寸前(おうがいのけんこうとし)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 43,925자 · 89화면
思軒居士が世を早くされて、署名の七人が六人になり、後には新人上田敏さんが来られるやうになった。一葉女史のたけくらべを極力推奨されたのは、雲中語以前の三人冗語であったが、雲中語の終りごろには、当時大学の学生であった小山内薫君と、故大久保栄君とを上田さんが推称した。この会合で忘られぬのは、いつも来て斡旋せられた森さんの令弟三木竹二君と、森さんの母堂峰子刀自である。刀自はかなりな齢であったが、いつも若い心をもたれて、折々楼上に来られて、優しいしかもさとい眼元に笑をたたへつつ、奇警な評を加へ、また酒客の喜ぶものの調理などに注意された。後には酒を廃された森さんも、此頃はいささか用ひられた事であった。」
この文章にある通り柳村と号した英文学者の上田敏さんは「めざまし草」時代の終りごろからの交際であるが、この雑誌は父が小倉の第十二師団へ転任を命ぜられてから自然廃刊となり、明治三十五年東京の近衛師団へ帰ったとき上田さんの「芸苑」と一緒になって「芸文」を創刊した。佐佐木さんが若手として挙げた人の中で小山内薫は妹八千代を伴って観潮楼にたびたび訪れた。八千代さんは間もなく父の媒酌で岡田三郎助夫人となった。