후리가나로 읽는 일본 고전
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エタにたいするあっぱくのえんかく
被差別部落とは何か
喜田 貞吉
喜田 貞吉의 被差別部落とは何か(エタにたいするあっぱくのえんかく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 133,169자 · 267화면
或いはその辺がその佐比の一部に当るのであったかもしれぬ。そしてこれらの地が平安朝の放牧葬送の地であった事は、「雍州府志」に小島をエタの始めということと、関係がありそうに思われる。「三代実録」貞観十三年の条に、
閏八月廿八日、制‐二定百姓葬送・放牧之地一。其一処在二山城国葛野郡五条荒木西里、六条久受原里一、一処在二紀伊郡十条下石原西外里、十一条下佐比里、十二条上佐比里一。勅曰、件等河原是百姓葬送並放牧之地也。而愚昧之輩、不レ知二其意一、競好二占営一、専失二人便一、須下令二国司一、屡々加二巡検一、※(「勹<夕」、第3水準1-14-76)上レ令二耕営一。犯則有レ法焉。
とある。この佐比里は有名なる賽河原の俗伝の起った場所であった。
小島は或いは単に島と云い、維新後付近の石原村と合併して石島村と云い、今は吉祥院村の大字となっている。石原・佐比・久受原・荒木は、共に桂河辺の土地で、川の流れとは反対に、斜めに東南から西北に存していた。これは紀伊・葛野二郡の古代の条里制の研究から、ほぼその位置を推定することが出来る。中にも佐比は平安京右京第二縦大路(西大宮大路の次)なる、佐比大路の名と関係のあるものらしく、その大道が南に延びて桂河に達する所、すなわち佐比の河原であった。