후리가나로 읽는 일본 고전
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あいこくしんわたしはこうおもう
和人は舟を食う
知里 真志保
知里 真志保의 和人は舟を食う(あいこくしんわたしはこうおもう)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 70,567자 · 144화면
白老の医師となる
白老の医師となる
明治15年、栃木県下都賀郡で生れ、その後、36年3月に東京慈恵医学専門学校を卒業し、翌年7月に軍医官として日露戦争に従軍、戦争後、明治40年8月から42年7月までの間を警視庁にあって検疫委員として在職し、42年8月には、青森県町立田部病院の院長として赴任した。大正4年5月まで、そこでの生活は続いている。
その後大正4年6月に渡道して、日高支庁管内の新冠村の村医になり、在郷軍人分会長をかねながら、村民の与望を一身ににない活躍した。
大正11年3月、高橋氏は新冠村にわかれをつげ、庁立白老土人病院長として白老に着任した。村医嘱託もかねたらしい。
昭和12年6月には、旧土人保護法の廃止により、道立白老土人病院は閉鎖されたが、以後その場所で開業し、ずっと村医としての責任も持たれ、今日にいたっているのである。昭和30年9月には、白老町名誉町民に選ばれ、同32年6月には北海道医師会から表彰をうけている。
大正11年3月に、旧土人保護法の一環として完成された白老病院の院長として、貧困と悪習のはびこるなかに、氏はあえて赴任された。
他の土人病院設置候補地であった平取、静内などの町村をしりぞけ、白老に病院をつくりあげた土人協会の人達にとっては、まさに干天の慈雨とでもいうか、最良の医師においでを願ったという