일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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あかげっと しなあちこち

国枝史郎歴史小説傑作選

国枝 史郎

国枝 史郎의 国枝史郎歴史小説傑作選(あかげっと しなあちこち)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 59,334자 · 121화면

아오조라 문고

下

と云った。

尤の言葉であったので秀吉はその乞いを許したが、その後そのマニラの使者の中の三人の宣教師が、人質として日本にとどまったのは、その実、吉利支丹布教のためであり、布教の真の目的は、日本侵略のためであることを探知し、宣教師と、日本の信徒二十六人とを刑戮し、その後、そのことに就いて、マニラ総督より抗議の使者が来るや「治外法権の設定なき以上、各国の在留人は、日本の法律に従うべきである」と突刎ね、あくまで強硬外交の実を示した。

しかし秀吉は、その後間もなく慶長三年に薨じたので、折角の対呂宋強硬外交も、実利的の実は結ばなかった。

しかし、その後に天下を治めた徳川家康の南洋政策に対し、その秀吉の対呂宋強硬外交は、日本の武威を示しておいてくれたという点で大変役に立った。

下

徳川家康の南洋政策は、豊臣秀吉の強硬な、むしろ恫喝的、侵略的の夫れとは事変り、きわめて穏健で、親和的で、実利的であった。つまり、ひとえに貿易を興し、国益を図ろうとする経済的な画策だったのである。

秀吉が九通しか許さなかった御朱印を、家康は、慶長九年に一挙二十九通許可し、盛んに貿易させたのであった。