후리가나로 읽는 일본 고전
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やまをおもう
山を思う
石川 欣一
石川 欣一의 山を思う(やまをおもう)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 79,814자 · 157화면
が、今ではもう藤原盆は出来ない。轆轤細工の安い品がどんどん製造されるからである。事実、その後三国越の宿々で、轆轤の音は聞き、あのこまかい木屑は見たが、二本の腕で刀を振う人は見受けなかった。聞いて見ても、そんなことをする者はいなかった。藤原盆ばかりではない、本当の芸術は売買を禁じられたのでなく、売買されなくなったのである。それにしても何も知らず何も思わず、このような盆を三度の食事に使用していた頃の人が羨しい。
芸術といえば、あの禁芸術売買の清雲寺の本山というのが、沼田の北三里余の迦葉山にある龍華院彌勒寺で初祖は天台の慈覚大師(円仁)、中興は慈運律師云々と書いたところで大した面白味もなかろうが、迦葉山は日本三天狗の一、大峰(大和)小峰(下野)の間に位する中峰、開運の神として附近の尊敬をあつめている。糸井への途中二三人の男が旅姿で路を急ぐのを見た。その一人が腰に天狗の面を下げていたのを、子供へのみやげだろう位に思っていたが、あれは迦葉山へ参るので、毎年蚕を当てるために参詣し、紙張りの天狗の面を借りて来ては翌年返しに行き、新しいのを借りて来るのだと聞いた。