일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

吉川 英治의 新書太閤記(しんしょたいこうき)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 197,228자 · 394화면

아오조라 문고

それより前。――秀吉は播州に下って、加古川城を営とし、日夜、軍議をこらしていたが、彼が率いて来た派遣軍なるものは、わずか七千五百程度であった。

播州の豪族や地ざむらいの味方を加えても、その兵力は、毛利とはまるで比較にならない数である。

「機に応じて、援軍はいつでも来ることになっておる」

と、秀吉は、平然たる容子を示していたが、ひそかに、派遣軍の少数に不安を抱いて、毛利軍の強大とそれを比較し、ふたたび去就に迷う風が、地付の諸士のあいだに擡頭して来たのはぜひもなかった。

その空気は、やがて明瞭な形をとって現われて来た。三木の城主、別所長治の寝反りがそれである。

別所一族は、東部播磨八郡に分布していて、天正の初め頃から、小寺一族などと共に、款を信長に通じ、土着の味方として、有力な一翼だったものである。

「秀吉ごとき小人物を、われらの総帥には戴かれぬ」

反旗をあきらかにすると、彼らはまず、秀吉の先手を打って、悪宣伝に努めた。

その云い分によると、

「折悪しく、城主長治は、風邪ぎみのため、招状あるやすぐ、叔父の賀相、老臣の三宅治忠を名代として、加古川城へつかわし、いろいろ献策したところ、秀吉は、われわれ土着の城主の意見など耳に入れようともせず――卿らの任は、槍先の働きである。