일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

ja-reading.com

후리가나가 있는 일본 고전을 온라인으로 읽으세요. JLPT 수준으로 골라 보고, 단어를 눌러 뜻을 확인하고, 문장을 번역하세요.

にほんイデオロギーろん

日本イデオロギー論

戸坂 潤

戸坂 潤의 日本イデオロギー論(にほんイデオロギーろん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 263,376자 · 511화면

아오조라 문고

処が他方、文学に於ける評論が、文芸評論が、近年甚しく「哲学化」したという事実をもう一つ注意すべきである。云うまでもなく之は、一つには之まで私が述べて来た例の様々な偽装に手頼ったブルジョア観念論哲学一般の復興(?)に依るものであり、一つには唯物史観に立脚した科学的文芸批評が、例の文学と政治との関係の問題から、左翼的作家自身からさえ一種の不満を買ったからで、この二つの契機によって、ブルジョア観念哲学的な文芸評論が、続出することになったのである。

そこで、第一に文学に於けるこの文学至上主義と、第二に文学に於けるこの哲学化とから、第三に哲学そのものの「文学」化が発生するのである。云う迄もなく哲学と文学とは、その本当の意義に於ては特別に不離な関係にある筈のものなのだから、文学(文芸評論)が哲学化そうと、哲学が文学化そうと、初めから当然なことで、珍しくもなければ況して悪いことでも何でもないのだが、併し今の場合、哲学が文学化したというのは、取りも直さず哲学が文学至上主義化したことでなければならぬことになるのである。

だが、文学に於てこそ文学至上主義という言葉の意味もなり立つが、関係は同じでも、哲学に就いて云う限り文学至上主義という言葉は恐らく無意味だろう。