일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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にほんイデオロギーろん

日本イデオロギー論

戸坂 潤

戸坂 潤의 日本イデオロギー論(にほんイデオロギーろん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 263,376자 · 511화면

아오조라 문고

だが、有というのは、あるということは、実は何かの客観物があるということを離れては、その最も大切な使用の場合を失って了うという点に、もっと気をつけなければいけないだろう。有の始元は、或いは有が始元であるということは、高橋氏の哲学によるような抽象作用とか体験の全体とかいう観念に於ける操作から来るのではなくて、もっとハッキリした吾々の日常の経験によれば、吾々が住んでいるこの世界が存在しているという処から来るのである。有は観念のおかげで始元であるのではなく、その根柢に於ては、云わば物質のおかげで始元になるのだ。一体この場合、観念の弁証法と雖も、観念と物質との関係を、即ち物質が観念を外界に於て超越し、而も観念が他ならぬこの超越した物質を把握しなければならぬ、という悲劇にあるので、それを観念の抽象作用で片づけて了っては、解決ではなくてブチ毀しに他ならないではないか。尤も之も観念の名誉のためだと云うなら、もはや致し方のないことであるが。

ブルジョア哲学が観念論である以上は、一方に於て、夫が唯心論的な体系を立てるからばかりではなく、他方に於て、その必要から形而上学的な範疇――論理――方法を使おうとするという処に見出される。