일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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にほんイデオロギーろん

日本イデオロギー論

戸坂 潤

戸坂 潤의 日本イデオロギー論(にほんイデオロギーろん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 263,376자 · 511화면

아오조라 문고

常識は常識自分自身に対してさえそうなのだ。

或る意味で文学的科学である哲学は、いつも時代の与える常識から出発する。だから常識自身に対する哲学的反省も亦、今云ったこの常識的段階から出発するのを常とする。ギリシア古典に於ける「ドクサ」は丁度そう云った常識に就いての哲学的概念の初歩のもので、真の知識=学問から見れば、それは結果から云って、凡そ真理の反対物でしかあるまい(プラトンの段階)。だが哲学がこの常識・ドクサの有つアナーキスティックな本質に注目することは、この見解がすでにただの常識的概念を離れ始めることを意味する。ドクサの本質は、その内にいくつもの相矛盾するテーゼが平気に並んでいるということである。この相矛盾する諸テーゼを整頓処理して初めて科学的な知識へも行くことが出来ると考えられる。アリストテレスがディアレクティックをこの種のドクサに於てだけ認めたのは、恰もこの段階の常識概念に相当するのである。ここでも併し、常識は真の知識への一つの足場にはなっても、云うまでもなく、真の知識の単なる反対物でしかない。蓋しドクサは一方に於て旧来の自然学者の多少とも偶然な見解や知識的伝説のことであり、他方に於てはデモクラティックな民衆の自然発生的な通念に他ならない。