후리가나로 읽는 일본 고전
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エタにたいするあっぱくのえんかく
被差別部落とは何か
喜田 貞吉
喜田 貞吉의 被差別部落とは何か(エタにたいするあっぱくのえんかく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 133,169자 · 267화면
5 エタと余戸
5 エタと余戸
余戸の事は詳しく別項「余戸考」に説いておいた。彼らは農民以外の雑業に従事する雑戸の民で、もとは公民の戸籍以外に置かれていたが、少くも聖武天皇の御代に、雑戸を解放して平民に同じくすと定められて以来は、推しも推されもせぬ良民であった。彼らは各地に分散定住していたのみならず、京都の大きな官署内にも寓居して、雑工・駆使・掃除等に従事していたことは、大学寮の古図に余戸の一区が画されているのによって察せられる。南北朝から室町時代の文書にしばしば見えている東寺の散所法師の如きも、またこの類であったらしい。散所法師の掃除人等がサンジョの名を得た事は、別項「産所考」に説いておいた。これらの官署付属の余戸は、朝廷の紀綱が弛んで、官署頽廃に帰するに及んで、自然その職を失い、主鷹司の餌取が取ったと同様の運命に陥る事は、けだしやむをえなかった。もと四条河原にいた天部部落が、今になおあまべの名を伝えているのは、けだしこれら京内の余戸の職を失った或る者が、ここに落ち込んで賤業に従事し、依然その名の遺ったのかと察せられる。天部部落はもと四条河原の、今の寺町大雲院の地にいたもので、南北朝頃には、彼らは細工と呼ばれていたらしい。