후리가나로 읽는 일본 고전
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ちゅうせいのぶんがくでんとう
中世の文学伝統
風巻 景次郎
風巻 景次郎의 中世の文学伝統(ちゅうせいのぶんがくでんとう)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 115,977자 · 230화면
そして、為教と阿仏が近よったように、為相・為兼もまた親しくしていたのである。
ところで為相は母とともに鎌倉に下り、彼の地で薨じたので、自然京都に歌の家として力を張ることは出来ず、武家方に門弟を作ったのであった。吉野・室町の時代になって、冷泉流の教をうけた人々が活躍し出すが、冷泉家自身としてはあまり勢力はなく、歌の家として重きを為すのは、むしろ江戸時代になってからである。ただ二条・京極の両流はいずれも吉野時代に歌壇の棟梁となるべき血統が絶えたので、その後は、門弟が道統を伝えるという形になってしまった。それ故、御子左三代の血統を今に伝えるのは冷泉伯爵家だけになってしまったのである。
大体以上のようであるから、鎌倉時代には冷泉家は、殆ど訴訟のことばかりで、京都の歌界内部に対しては、全く無関係であり、専ら二条・京極の対立によって時代は展開して行ったのである。そして両家の対立は、実は皇室における大覚寺・持明院両統の対立を後にしておったのである。
承久乱後、後堀河・四条両帝が相ついで立たれたが、四条天皇は幼くて崩御になり、皇子がおいでにならぬので、九条道家は順徳上皇の皇子をお立てしようとした。