후리가나로 읽는 일본 고전
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ちゅうせいのぶんがくでんとう
中世の文学伝統
風巻 景次郎
風巻 景次郎의 中世の文学伝統(ちゅうせいのぶんがくでんとう)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 115,977자 · 230화면
三十歳までにほぼ俊成のあとを受けた定家の歌風は出来上った。そして三十から四十くらいまでにその傑作は殆ど生れ出た。
なにとなく心ぞとまる山の端に今年見そむる三日月の影
見渡せば花も紅葉もなかりけり浦のとま屋の秋の夕暮
眺むれば松より西になりにけり影はるかなる明方の月
風立ちて沢べにかけるはやぶさの早くも秋の景色なるかな
夕立の雲間の日かげ晴れそめて山のこなたをわたる白鷺
人とはぬ冬の山路のさびしさよ垣根のそばにしとど下りゐて
末とほき若葉の芝生うちなびき雲雀なく野の春の夕ぐれ
冴えとほる風の上なる夕月夜あたる光に霜ぞ散りくる
なびかじな海士のもしほ火たきそめて煙は空にくゆりわぶとも
帰るさのものとや人のながむらむまつ夜ながらの有明の月
いまかりに十首ばかりその歌を掲げて置くことにした。
話はもとへもどるが、治承元年に六条清輔が卒したのは、俊成出家の翌年六十四のときだが、その後右大臣九条兼実は俊成の歌を愛して彼を寵遇した。兼実も歌人だが、その子の良経は後京極摂政で、『秋篠月清集』の主、一代の歌人であった。また兼実の弟大僧正慈円も一代の歌人で『拾玉集』の作者である。定家は九条家の家司となり、若き主良経と意気が投合した。