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からすうりのはなとが
寺田寅彦随筆集 第三巻
寺田 寅彦
寺田 寅彦의 寺田寅彦随筆集 第三巻(からすうりのはなとが)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 213,804자 · 425화면
換言すれば事物に投射された潜在的国民思想の影像である。思うにかのチェホフやチャプリンの泣き笑いといえどもこの点ではおそらく同様であろう。このようにして和歌の優美幽玄も誹諧の滑稽諧謔も一つの真実の中に合流してそこに始めて誹諧の真義が明らかにされたのではないかと思われる。
芭蕉がいかにしてここに到着したか。もちろん天稟の素質もあったに相違ないが、また一方数奇の体験による試練の効によることは疑いもない事である。殿上に桐火桶を撫し簾を隔てて世俗に対したのでは俳人芭蕉は大成されなかったに相違ない。連歌と俳諧の分水嶺に立った宗祇がまた行脚の人であったことも意味の深い事実である。芭蕉の行脚の掟はそっくりそのままに人生行路の掟である。僧心敬が「ただ数奇と道心と閑人との三のみ大切の好士なるべくや」と言ったというが、芭蕉の数奇をきわめた体験と誠をせめる忠実な求道心と物にすがらずして取り入れる余裕ある自由の心とはまさしくこの三つのものを具備した点で心敬の理想を如実に実現したものである。世情を究め物情に徹せずしていたずらに十七字をもてあそんでも芭蕉の域に達するのは困難であろう。