일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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やまのこんじゃく

山の今昔

木暮 理太郎

木暮 理太郎의 山の今昔(やまのこんじゃく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 21,554자 · 42화면

아오조라 문고

それが年を経るに従って主客の位置が転倒するようになったのは、仏教が次第に普及して神仏習合の思潮を誘致し、遂に本地垂迹説が唱えられるに至った為である。辻博士の研究に成る本地垂迹説に拠れば、「神前読経といふことは、延暦弘仁の頃から次第に盛になった、これは神はまだ悟の開けぬ、解脱せざる衆生の一であるから、悦んで仏法の供養を受け、其功徳に依りて悟を開き、進んで菩薩となるといふ思想から出発したものである。即ち菩薩号は其神を貴ぶ称号ではあるが、まだ仏と同体といふ迄には至らない。故に此頃に於ては、神は仏の権化であるといふ思想は未だ起つてゐないのである。神仏習合の現象は、奈良時代以前天武持統の頃から徐々にあらはれて居るが、奈良時代に於てはまだ本地垂迹説が唱へられたといふ形跡を認めないし、行基が本地垂迹説を作つたといふことは後世よりいひ出した事で、固より事実ではない。又伝教大師及び弘法大師の時代に於ける神仏習合の思想は、本地垂迹説を考へるまでに発達して居らず、伝教大師を開祖とする山王一実神道、弘法大師を創立者とする両部習合神道は、後世に於て発達形成したものを、遥に上せて両大師に附会したものであって、両大師の神道の著書と称するものは皆偽書である。