후리가나로 읽는 일본 고전
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やまのこんじゃく
山の今昔
木暮 理太郎
木暮 理太郎의 山の今昔(やまのこんじゃく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 21,554자 · 42화면
唯二人とも登山には勇猛精進であったが、民衆の登山を誘致するには熱意の足りない憾があった為に、広く世に知られずして終ったのは惜しい。交通極めて不便な奥山であったことも関係しているだろう。其他年代は不明であるが、山上に大日、薬師、観音、地蔵等の仏菩薩を安置してある山の過半は、此時代に開かれたものであると称しても過言ではないようである。是等の事実からも登山の盛であったことが窺われる。
此時代には又異った意味で多くの登山が行われた。正保元禄の国図製作、大小名の国境又は領域の見分、山論の裁許、森林監視の山廻り、或は薬草の採取、稀に地理研究の為の登山等が其主なるものである。中には是等が機縁となって宗教的登山が開始された山もあった。たとえば木曾駒ヶ岳は見分の為に再三登られているが(其中元文元年の内藤庄右衛門、宝暦六年の坂本運四郎の両士が残した見分の記録は、当時の模様を知る上に於て貴重な文献である)、天明寛政の頃に御岳講の信者が登山するようになって、山頂に駒ヶ岳神社が奉祀されたのである。斯様な例は奥上州方面其他にも少なくないらしい。又加賀藩の山廻り役によって行われた黒部奥山の巡視は、相当に大規模のものであり、立山後立山の両山脈に於ける高峰の幾つかは、此時既に初登攀を完了されたことであろうが、資料が得られないので詳細を知り