후리가나로 읽는 일본 고전
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ぶんげいはだんしいっしょうのじぎょうとするにたらざるか
文芸は男子一生の事業とするに足らざる乎
夏目 漱石의 文芸は男子一生の事業とするに足らざる乎(ぶんげいはだんしいっしょうのじぎょうとするにたらざるか)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 3,093자 · 6화면
文芸が果して男子一生の事業とするに足るか何うかと云うことに答える前に、先ず文芸とは如何なるものであるか、と云うことを明かにしなければならぬ。文芸も見ように依って色々に見られるから、足るか足らぬかと争う前に、先ず相互の間に文芸とは如斯ものであると定めてかからねばなるまい。自分の云う文芸とは斯う云うものである。貴方の云う文芸とは然う云うものか、では男子一生の事業とするに足るとか、足らないとか論ずべきであって、若し、相互の間に文芸とは斯う云うものであると云うことを定めてかからない以上、其論は何時まで経っても終ることはない。それでは文芸とは如何なるものぞと文芸の定義を下すと云うことは、又些っと難かしいことで、とてもおいそれとそんな手早く出来ることではない。兎に角斯う云う問題は答えるに些っと答え難い。文芸其物を明らかにしてから言わねばならぬ。それなら、私は明らかであるか何うかと言えば、私は斯う答える。何人も満足せしめ得る程に明らかに自分は考えて居ないかも知れない、けれ共自分を満足せしむる丈けには、相当の考えを持って居る意である。其考えに依って此の問題を判断すると何うかと云うと、例の如く面倒くさくなる。