후리가나로 읽는 일본 고전
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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
吉川 英治의 新書太閤記(しんしょたいこうき)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 180,256자 · 361화면
於福の生みの母は、明国の産で――梨琴という氏素姓もひくい一中国婦人であった。長年、日本から景徳鎮へ陶業の留学に渡っていた伊勢松坂の人で――祥瑞五郎大夫とのあいだに生した子が於福なのである。
楊景福
それが、於福の幼名なのだ。
五郎大夫が、いよいよ日本へ帰るとなった時、下僕の捨次郎は、その楊景福を負って、長江や玄海の千里の船路を、日本まで連れて来たのであった。
ところが祥瑞五郎大夫は、日本へ帰るとまもなく病にかかって亡くなってしまった。多年、明国で研究してきたものを土台に、祖国の陶器工芸に一生面を拓こうとした理想も中途で終ってしまったし、梨琴とのあいだに生した子の育つのも見ずに逝ってしまったのである。
(於福はそちに頼む)
と、その主人から、捨次郎はいまわの際に、託されたのだ。
日本へ来てからは、もちろん「楊景福」ではおかしいので、福太郎と名を改めてはいたが、松坂あたりの人々のあいだでは、
(あれは、唐人子や)
と、隠れもないこととされていた。
祥瑞の亡き後、捨次郎はその松坂を去って、郷里の尾張へひき移り、この土地の瀬戸村で産出する陶器をはじめ、諸国の窯の製品も扱って、那古屋、清洲、京、大坂あたりまで手びろく商いをしていたのであったが、於福の生い立ちと、その母が、日本の女でないということは、諸国へ往来の繁しい