후리가나로 읽는 일본 고전
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にほんイデオロギーろん
日本イデオロギー論
戸坂 潤
戸坂 潤의 日本イデオロギー論(にほんイデオロギーろん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 263,376자 · 511화면
成こそだから本当の始元で、有と無は之から媒介分化されたものにすぎない。そしてこの成が恰も例の「全体」に相当する、というのである。もしこう考えればヘーゲルの「有の弁証法」を「成の弁証法」として一元的に理解出来るというのである。
処で、前にも云っておいた通り、全体は運動と静止とを含むに拘らず、結局静止の方に肩を有ったのだが、ここではこの全体たる成は有と無とを含むに拘らず、無の方に肩を持つ。この無はただの無ではなくて根源無だ。でこの場合、弁証法は「無の弁証法」と名づけられる(二八七頁)。之は有の弁証法と無の弁証法との「全体」であって之こそ弁証法の真理だろうと、教授は希望を示している。ここでは凡てのものが受け入れられ(「全弁証法」)(三〇二頁)、凡てのものが体系づけられる(「体系の弁証法」)(三〇五頁)。だがその結果どうなるか。矛盾は体系的な全体に於てそのまま統一される、ばかりではない、例の根源無から、連続的漸次的に、有が成り又発展して来る。だからここでは、矛盾ばかりが弁証法の本質ではなくて、無限な差違性も亦その本質にぞくする、というのである。一体体系そのものが連続的でなければ全体的ではあり得ないと考えられている。