후리가나로 읽는 일본 고전
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にほんイデオロギーろん
日本イデオロギー論
戸坂 潤
戸坂 潤의 日本イデオロギー論(にほんイデオロギーろん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 263,376자 · 511화면
尤も之は自然科学の所謂専門家達の極端な反感を買うことによってしか研究を進められない現状なのだが)。
批評とは取りも直さず文芸批評のことだという迷信は、云うまでもなく文学者達の世界観の一種の世間見ずと独よがりとから発生する(そして科学者は之に対して消極的な相槌を打つ)。彼等は批評という巨象の特に円滑な皮膚の部分だけを「文学的」に撫でまわして、ここから彼等だけに必要なそして彼等以外には必要ではないかも知れない処の、一種の批評の観念を得る。それが「文芸批評」としての批評となるのである。実際現在見られる「文芸批評」の大半は拡大された文壇時評に他ならないだろう。尤も批評という以上、元来が時事的なものでその限り時評でないものには決して批評の資格はないということをも、批評の社会的なジャーナリスティックな機能に因んで説明しなければならないのだが、併し問題は夫が時評的である点にあるのではなくて文壇の時評だという処にあるのである。というのは、文学者の特有な世界観が一種均衡を失した得手勝手なものになり勝ちなのは、他ならぬ、彼が実際にか可能性としてか、とにかく、結局類型の決った文壇人としての社会生活を送ろうと欲していることに原因するのだからである。