일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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にほんイデオロギーろん

日本イデオロギー論

戸坂 潤

戸坂 潤의 日本イデオロギー論(にほんイデオロギーろん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 263,376자 · 511화면

아오조라 문고

そこで之を内感と呼んでもいいと考えられるようになって来るのである(この時内官に対比される外官も亦外感と書かれるに値して来る)。

そう考えると、感官がやがて感覚を意味して来る理由も亦おのずから理解出来るだろう。感官は元来感覚――哲学では知覚心理学からの訂正にも拘らずこの言葉に意味を認めていいのだが――を受けとる器官だったのだから、感官は感覚ではない筈だったのだが、今云った理由によって、感官と感覚とが同じ観念になる理由が生じて来たのである。――さてそこで今の共通感官も亦やがて共通感覚にまで、その意味を転化して来るのである。センスやジンやサンスという外国語は事実この転化をよく示しているので、単に感覚を意味するだけでなくて、それが意味という言葉や核心という言葉をさえ意味するようになるのを注意すべきだ。

だからアリストテレスの共通感官は、やがて共通感覚という意味を受けとるようになる。この時内感という文字の意味が初めて明瞭となるばかりではなく、その内感がやがて内部知覚という概念でも置き換えられ得る所以が明らかとなる。内感即ちやがて内部感覚は、之を少し心理学的内省によって分析して見れば、内部知覚と云った方が内容が限定されて問題がより具体的になるからだ。