일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

ja-reading.com

후리가나가 있는 일본 고전을 온라인으로 읽으세요. JLPT 수준으로 골라 보고, 단어를 눌러 뜻을 확인하고, 문장을 번역하세요.

にほんイデオロギーろん

日本イデオロギー論

戸坂 潤

戸坂 潤의 日本イデオロギー論(にほんイデオロギーろん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 263,376자 · 511화면

아오조라 문고

と云うのは、この直覚内容の多様が、雑多な幾つかの内容物が、事実の名によって、単に経験的に、即ち合理論的な根拠なしに、「事実真理的」に結びつけられて与えられているのである。だからこの直観は決して単一な直観ではなくて、一定の具体的内容に分割され得る処の、その意味に於てはアーティキュレーション(分節・音述)を持った処の、テーゼ・命題でなくてはならぬのは尤もだろう。而もこの命題は事実というものの権威によって組み立てられている限り、之を合理的に分解することは不可能なのだから、その命題の内部の凝結力は絶対的でなくてはならぬ。即ちこの命題は固定した処の――まるで合理主義によるアプリオリのように――不動の命題、公理の性質を持たざるを得ない。云わばこの諸命題は人間が実際生活に於て下す一切の判断の元素や単位のようなもので、判断はいつも之をそのまま使う他はなく、苟くも之を分解しそれ以上の要素に還元することの出来ないものなのだ。それにも拘らず、この元素的な単位が、本当は雑合物なのだから、之は正に公理の名に値いするのである。

さて公理とは自明なもののことである。それは直覚的に自明でなければならない筈だ。