후리가나로 읽는 일본 고전
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にほんせいしんしけんきゅう
日本精神史研究
和辻 哲郎
和辻 哲郎의 日本精神史研究(にほんせいしんしけんきゅう)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 208,277자 · 415화면
すなわちこの歌人は、ただ実感にのみ即するがゆえに、『古今』の歌人と反対の感じ方をしたと言える。なおまたこのことは、
時はいまは春になりぬとみ雪ふる遠き山べに霞たなびく (中臣武良自、巻八)
うちきらし雪はふりつつしかすがに吾宅の園に鶯なくも (家持、巻八)
のごときについても明白に言える。光景は冬である。しかしそこにはすでに春が到来している。「春になったからもう霞が立つはずだのに、雪が降っている」ではなくして、「山には雪があるのにもうそこには霞がたなびいている、春になったのだ」である。「雪は降っていても春が立ったのだから鶯は喜ぶだろう」ではなくして、「雪は降っていてももう鶯が鳴いている、春が来たのだ」である。春の実感と暦の知識とが全然位置を替えるのである。
もとより『古今集』の歌は、右の引例のごとき単純なもののみではない。しかしその複雑性は、直観をはめこむ知識の框が一層複雑になるというに過ぎぬ。たとえば、
春やとき花やおそきと聞きわかむ鶯だにも鳴かずもあるかな (藤原言直、春上)
木伝へばおのが羽風に散る花を誰におほせてこゝら鳴くらむ (素性、春下)