일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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にほんせいしんしけんきゅう

日本精神史研究

和辻 哲郎

和辻 哲郎의 日本精神史研究(にほんせいしんしけんきゅう)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 208,277자 · 415화면

아오조라 문고

五 親鸞の慈悲と道元の慈悲

「永遠の安楽を得んがために。」これらはすべてなお我欲名利の心に根ざしたものである。有所得のこころである。魂の救い、永遠の幸福が究竟の目的であるならば、仏法は手段であって最高の価値ではない。真実の仏法修行はこの種のこころをも放擲しなくてはならぬ。「ただ身心を仏法に投げすてて、さらに悟道得法までをも望むことなく」、修行しなければならぬ。

かくのごとき「仏法のための仏法修行」の信念が、「ただ専心に念仏して弥陀の慈悲に救われようとする」浄土の信仰と、時を同じゅうして相対した。確かにこれは偉大な対照である。が、この真理の王国と慈悲の王国とは、その修行法を異にするほどに内部の光景をも異にするであろうか。

五 親鸞の慈悲と道元の慈悲

親鸞の教えは無限の「慈悲」を説くことにおいて特に著しい。親鸞にとっては慈悲は絶対者の姿である。最高の理想である。従ってこの慈悲が人間生活に現わされることは、最も望ましいことでなくてはならぬ。しかも彼は、汝の隣人を愛せよ、人類を愛せよ、人と人との間の愛こそは人生最高の意義である、と説いてはいない。なぜなら彼は人間の愛の力がいかに微弱であり、没我の愛が人間においていかに困難であるかを知っていたからである。