후리가나로 읽는 일본 고전
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にほんせいしんしけんきゅう
日本精神史研究
和辻 哲郎
和辻 哲郎의 日本精神史研究(にほんせいしんしけんきゅう)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 208,277자 · 415화면
六 道徳への関心
民衆に直ちに触れ、その生活を直接に動かした親鸞が、その「信」のゆえに人間の道を説くこと少なく、山林に隠れてただ真理のために努力した道元が、その「行」のゆえに人間の道に情熱を持つ。この対照は興味深いものである。
六 道徳への関心
もとより道徳への関心は、絶対者との合一を目ざす宗教にとって、第一義のものではない。親鸞に道徳の言説が少ないのはむしろその絶対者への情熱の熾烈を語るものであろう。が、またここには、弥陀の浄土を現世のかなたに置く教えと、この生をもって直下に絶対の真理を体現しようとする教えとの、必然の相違も認められる。親鸞においては人はその煩悩のままに「浄土」に救い取られるのである。絶対界の光明の前には矮小なる人の煩悩は何らの陰をも投げない。しかし道元においては煩悩の克服が真理体現の必須の条件である。矮小なる人の内界も一度煩悩が征服せらるる時無限なる自由の境地を現じ得るのである。ここにおいて前者は僧に肉食妻帯を許して僧俗の区別を緩やかにし、後者はこの間に最も厳格な区別を立てる。前者はただ悪の許されることを説き、後者は戒律による力強い自己鍛錬を力説する。