후리가나로 읽는 일본 고전
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にほんせいしんしけんきゅう
日本精神史研究
和辻 哲郎
和辻 哲郎의 日本精神史研究(にほんせいしんしけんきゅう)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 208,277자 · 415화면
として、真夏の日の日盛りに下等な牛をつけてのろのろと行く穢い車や、年老いた乞食や、身なりの悪い下種女の子を負える姿や、黒くきたない小さい板屋の雨に濡れた光景などをあげた。これらの姿を「わびしく」見る心は、人生の不調和に痛み傷つかない心ではない。しかし彼女は、倫理的なものと美的なものとに対して、異なった標準を持っているのではなかった。「にくきもの」として彼女は、「急ぐ事あるをりに長言する客人」、「ことなる事なき男の、ひき入れ声して艶だちたる」というごときをあげるとともに、その場に「墨の中に石こもりて、きしきしときしみたる」、「墨つかぬ硯」などを並べている。思う壺にはまって来ない、不調和なものは、彼女にとって一様に醜である。倫理的なものもまた美的規準によって評価されるのである。従って彼女は、「才ある人の前にて、才なき人の、物おぼえ顔に人の名などを言ひたる」を「かたはらいたきもの」と感ずるとともに、「にくげなる児を、おのれが心地にかなしと思ふままに、うつくしみ遊ばし、これが声の真似にて、言ひけることなど語りたる」にも同情する余裕を持たない。醜い子供を美しいと強弁する母親に対しては、かたはら痛い感じを抱くにも道理があるが、しかし醜い子供をも嬉しげに愛する母親の姿は、倫理的に見て、美しくはあっても醜くはない。