일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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にほんせいしんしけんきゅう

日本精神史研究

和辻 哲郎

和辻 哲郎의 日本精神史研究(にほんせいしんしけんきゅう)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 208,277자 · 415화면

아오조라 문고

――ここに人を支配する「業」と、業に支配せられる「人」との明らかな区別がある。業は人間をさまざまの行為に導くが、人は業に動かされながらも心を業の彼岸に置くことができる。すなわち念仏することができる。そうして彼の心が業の彼岸にある限り、言い換えれば彼が仏を念ずる限り、いかに彼が業によって悪行を造らせられるにしても、彼はこの行為の真実の責任者ではない。だからこそ彼は、この悪行のために罰せられずして救われるのである。しかしもし人が一切を仏にまかせないならば、すなわち彼を支配する業と心を一にして、行為の責任をみずからに取るならば、彼はその運命を業とともにしなくてはならない。すなわち救われることはできない。救われると否とはただ「人」が「業」に対して取る態度にかかるのである。

しかし人が「よきこともあしきことも、業報にさしまかせて」ただ専心に弥陀にすがった場合に、その行為の責任を解かれるということは何を意味するか。彼の行為は彼の人格の発現ではなくして、他より付加せられたものである、と考えるのであるか。否、そうではあるまい。宿業とは目前のこの人生を可能にする原理である。