일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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にほんせいしんしけんきゅう

日本精神史研究

和辻 哲郎

和辻 哲郎의 日本精神史研究(にほんせいしんしけんきゅう)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 208,277자 · 415화면

아오조라 문고

ここにいう「心」とは一心一切法、一切法一心である。宇宙の一切を一にしたる心である。かくのごとき心を識得するとき、人は天が墜落し地が破裂するごとくに感ずるであろう。あるいは大地さらにあつさ三寸をますごとくに感ずるであろう。かくのごとき打開によって人格的に享取せられた心は、もはや昔の心ではない。山河大地が心である。日月星辰が心である。しかもその山河大地心はただ山河大地であって、波浪もなく風煙もない。日月星辰心はただ日月星辰であって、霧もなく霞もない。この極度に自由にして透明なる心、――自ら生くるほかには説明の方法のない心、――その心こそすなわち仏である。だから即心是仏は発心、修行、菩提、涅槃と離して考えることができない。一瞬間、発心修証するのも、また永劫にわたって発心修証するのも、ともに即心是仏である。長年の修行によって仏となるのを即心是仏でないと考えるごときは、いまだ即心是仏を見ないのである、正師にあわないのである。「釈迦牟尼仏、これ即心是仏なり。」

かくのごとく悉有あるいは無の無がすなわち心であり、この絶対的な意識において山河大地がそのまま心でありまた山河大地であるという思想には、我々は一つの深い哲学的立場を見いだし得ると思う。