일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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にほんせいしんしけんきゅう

日本精神史研究

和辻 哲郎

和辻 哲郎의 日本精神史研究(にほんせいしんしけんきゅう)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 208,277자 · 415화면

아오조라 문고

それはここに用いられた表現が文芸的であって思惟するよりも直観することを必要とするゆえのみではない。道元の文章は自在に文芸的表現を活用するとはいえ、大体として概念による論理的表現である。が、論理的に現わされた真理といえども、ただ抽象的に概念の推理によるのみでは捕捉され得ない。そこにはこの真理の生きた力を捕捉すべき知的直観が必要である。この契機を力説するために道元は仏と仏との面授面受を説く(正法眼蔵面授)。真理を体得し実現せる人を目のあたりに見、また見られることによってのみ、真の捕捉理会が可能になるというのである。もとよりここにいうところの「見る」は、心眼をもって見るのであって、単にただ感覚的に見るのではない。霊山会上に釈迦が優曇華を拈じて目を瞬くのを見たのはまさに百万衆であった、が、この時真に見たのはただ摩訶迦葉一人である。他の百万衆は見て見なかった。けれどもまた、心眼をもって見た迦葉尊者といえども、感覚的に見なかったのではない。感覚的に見ることによって心眼で見ることが可能になるのである。かくのごとく知的直観が「感覚的に見ること」と結合させられる点に、恐らく「人格に具現せられた智慧」