후리가나로 읽는 일본 고전
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にほんせいしんしけんきゅう
日本精神史研究
和辻 哲郎
和辻 哲郎의 日本精神史研究(にほんせいしんしけんきゅう)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 208,277자 · 415화면
無言、沈黙にして表現し得る人も、その体験の内容には概念的把捉の過程が存するであろう。道得が自ら開展して修行功夫となるというとき、不離叢林兀坐不道もまた道得の開展である。イデーが自らを実現するために不離叢林兀坐不道となって現われるのである。兀坐不道者は何ら思惟を働かせることなく、漠然として神秘的直感を待ち受けているのではない。究竟の道得に導かれつつ、その道得を内に蔵するところの差別的な見解を、その全身心によって、間隙なく思惟しつつあるのである。我々はこの道得の活動においてロゴスの開展を見、道元の思想における論理的傾向を理解しなくてはならぬ。が、またこの開展のあらゆる段階に知的直観の契機を織り込んでいることにおいて、彼の思惟法は純論理的でもない。しかもその知的直観は、全身心による思惟を、すなわち修行証究を、前提とするものである。道元にとっては、絶対精神の創造的な自己活動は、単に弁証法的必然性として現われるのではなく、不純な要素の一切を包括する生活全体をもっての弁証法的開展として――しかもその開展の一歩一歩が非合理的な契機によって押し進められるものとして、現われるのである。