일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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にほんせいしんしけんきゅう

日本精神史研究

和辻 哲郎

和辻 哲郎의 日本精神史研究(にほんせいしんしけんきゅう)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 208,277자 · 415화면

아오조라 문고

自分もかつては無条件に歌舞伎劇に陶酔することができた。しかし今はそうでない。歌舞伎劇中の絵画的舞踊的要素に対しては、自分はあたかも浮世絵に対するごとき気持ちをもって――すなわち徳川時代が造り出した一つの特殊な(そうして同時に永遠な)美を味わう気持ちをもって、十分快く没頭することができる。が、その戯曲的な要素に対してはある反撥を感ぜずにはいられぬ。そうしてしばしば醜悪をさえも感ずる――役者がそれを好んで演じ、見物がそれに満足するらしく見える劇に対しても。

何ゆえに歌舞伎劇のある者は醜悪であるか。この問題に答えるために自分はまず歌舞伎劇をその醜悪な方面のみから照らして見る。同じ劇が他の方面から見てある美しさを持つゆえに、全体としてさほど醜悪に感じられないということは、この場合問題外にする。

劇そのものの醜悪はまず第一に戯曲の醜悪に起因する。一例として近松半二作『伊賀越道中双六』をあげよう。この戯曲は全体として統一のない、不自然な、「こしらえもの」に過ぎない。従って上演の際にはその一部分、特に「沼津」と「岡崎」とが、独立せる一幕物のごとくにして選ばれる。