후리가나로 읽는 일본 고전
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にほんせいしんしけんきゅう
日本精神史研究
和辻 哲郎
和辻 哲郎의 日本精神史研究(にほんせいしんしけんきゅう)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 208,277자 · 415화면
役者の芸の巧妙さは内容の空虚をますますきわ立たせるに過ぎない。
実際自分は吉右衛門がこの劇を演じた時に、その芸の巧妙を認めつつも、嘔吐感を禁ずることができなかった。ことに彼が嬰児を殺してその死骸を床に投げた時、――ある重さを感じさせる鈍い響きが自分の耳に達したとき、――自分は猛烈な不愉快を感じた。このような醜悪な感じは、現実の生活においてほとんど感ずることのできないものである。
以上のことは単に「岡崎」について言えるのみでない。「沼津」の平作の犠牲も同様に人間性の虐待である。が、同じことはさらに歌舞伎劇全体について言えるであろうか。歌舞伎劇の演ずる戯曲は必ずしも『伊賀越道中双六』のようにあくどいものばかりではない。もし右の観察が多くの他の戯曲にあてはまらないとすれば、これをもって歌舞伎劇全体の醜悪を論ずるのは不当ではないか。
確かにそうである、もし「あてはまらない」とすれば。しかし自分は「岡崎」において拡大して見せられた醜悪が、何ほどかの程度に必ず他の戯曲にも存することを主張し得る。同じ近松半二の作のうち今なお愛好せられているお染久松の「野崎村」