후리가나로 읽는 일본 고전
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にほんせいしんしけんきゅう
日本精神史研究
和辻 哲郎
和辻 哲郎의 日本精神史研究(にほんせいしんしけんきゅう)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 208,277자 · 415화면
恋歌においてさえも時には荘重を印象するものがある。たとえば、
しきしまのやまとの国に人ふたりありとし念はば何か嘆かむ (巻十三)
いにしへの神の時より逢ひけらし今の心も常念ほえず(常不所念。常わすられず) (巻十三)
のごとき歌がそれである。これらは恋の心の表白としてはまことに簡素であるが、しかしその強さにおいても深さにおいても実に申し分のない堂々たる作である。ことにこの種の感想は、後代においてはともすれば警句として、余裕のある軽い調子で歌われるのであるが、しかし右の歌にはきまじめな緊張がある。この緊張が失われると失われないとは、技巧をもてあそぼうとする心がわずかに動くと動かないとによって定まるであろう。心理的複雑を重んずる近代人にとって実に平板に感ぜらるべきこの種の歌が、なお荘重な印象をもって力強く我々の心を捕えるのは、そこに現われた律動の純粋と緊張とによるとほか考えられない。歌の内容のなお一層単純なものにあっても同様である。たとえば、
吾はもや安見児得たり皆人の得がてにすとふ安見児得たり (巻二)
のごときにあっては、采女安見子を得た喜びが、叫ばるるごとき強さをもってあふれ出ている。