일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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わせだだいがく

早稲田大学

尾崎 士郎

尾崎 士郎의 早稲田大学(わせだだいがく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 112,204자 · 220화면

아오조라 문고

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維新当時、幕府の陸軍奉行であった「柳橋新誌」の作者である老いたるジャーナリスト、柳北の語る言葉は、ほそくかすれてはいたけれども、しかし聴くものの肺腑をえぐるようなつよい響きがこもっていた。

募集に応じて入校した学生は僅かに八十人、教師は高田、坪内、天野を中心として七人に過ぎなかったが、今まで森と田圃にかこまれ、夜は雁が渡り、狐や狸が出没するといわれたこの片田舎に、忽然として新校舎が出来、肩を怒らした青年学徒の横行濶歩する姿が東京市民の耳目を聳動したことは明かである。

私(作者)の知るかぎりにおいて、大正初年から十年ちかくまで、学校の裏門から戸塚の通りへ出て、山吹の里にちかい源兵衛町の方へ下ってゆくと、戸山ヶ原につづく武蔵野の原形が残っていた。江戸川の上流を挟む地域は眼もはるかな田圃で、ところどころに森があり、雑木林があった。目白の学習院へゆくまでの高原の道には家らしい家もなく、右に山県有朋の住む椿山荘の、三万坪にあまる広大な庭園は深い繁みに掩われて、しいんとしずまりかえり、歩きながら雉子や山鳥の声を聞くことも一再ならずであった。

当時の早稲田は校舎の二階からの眺望はことごとく田園の風景で、神楽坂へ出るまで人家はほとんどなく、通路といえば穴八幡へ通ずる馬場下の道よりほかになかったらしい。