후리가나로 읽는 일본 고전
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りりょう
李陵・山月記・弟子・名人伝
中島 敦의 李陵・山月記・弟子・名人伝(りりょう)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 65,013자 · 129화면
怨恨が長く君主に向かい得ないとなると、勢い、君側の姦臣に向けられる。彼らが悪い。たしかにそうだ。しかし、この悪さは、すこぶる副次的な悪さである。それに、自矜心の高い彼にとって、彼ら小人輩は、怨恨の対象としてさえ物足りない気がする。彼は、今度ほど好人物というものへの腹立ちを感じたことはない。これは姦臣や酷吏よりも始末が悪い。少なくとも側から見ていて腹が立つ。良心的に安っぽく安心しており、他にも安心させるだけ、いっそう怪しからぬのだ。弁護もしなければ反駁もせぬ。心中、反省もなければ自責もない。丞相公孫賀のごとき、その代表的なものだ。同じ阿諛迎合を事としても、杜周(最近この男は前任者王卿を陥れてまんまと御史大夫となりおおせた)のような奴は自らそれと知っているに違いないがこのお人好しの丞相ときた日には、その自覚さえない。自分に全躯保妻子の臣といわれても、こういう手合いは、腹も立てないのだろう。こんな手合いは恨みを向けるだけの値打ちさえもない。
司馬遷は最後に忿懣の持って行きどころを自分に求めようとする。実際、何ものかに対して腹を立てなければならぬとすれば、結局それは自分自身に対してのほかはなかったのである。