후리가나로 읽는 일본 고전
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りりょう
李陵・山月記・弟子・名人伝
中島 敦의 李陵・山月記・弟子・名人伝(りりょう)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 65,013자 · 129화면
しかし、師の場合にはその心配はない。師にとっては、何も打開する必要がないのだから。
悟空には、嚇怒はあっても苦悩はない。歓喜はあっても憂愁はない。彼が単純にこの生を肯定できるのになんの不思議もない。三蔵法師の場合はどうか? あの病身と、禦ぐことを知らない弱さと、常に妖怪どもの迫害を受けている日々とをもってして、なお師父は怡しげに生を肯われる。これはたいしたことではないか!
おかしいことに、悟空は、師の自分より優っているこの点を理解していない。ただなんとなく師父から離れられないのだと思っている。機嫌の悪いときには、自分が三蔵法師に随っているのは、ただ緊箍咒(悟空の頭に箝められている金の輪で、悟空が三蔵法師の命に従わぬときにはこの輪が肉に喰い入って彼の頭を緊め付け、堪えがたい痛みを起こすのだ。)のためだ、などと考えたりしている。そして「世話の焼ける先生だ。」などとブツブツ言いながら、妖怪に捕えられた師父を救い出しに行くのだ。「あぶなくて見ちゃいられない。どうして先生はああなんだろうなあ!」と言うとき、悟空はそれを弱きものへの憐愍だと自惚れているらしいが、実は、悟空の師に対する気持の中に、生き物のすべてがもつ・優者に対する本能的な畏敬、美と貴さへの憧憬がたぶんに加わっていることを、彼はみずから知らぬのである。