후리가나로 읽는 일본 고전
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おうがいのけんこうとし
耄碌寸前
森 於菟
森 於菟의 耄碌寸前(おうがいのけんこうとし)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 43,925자 · 89화면
」という。すると父が今までねむっていた眼を急に開いて「ナニ、こいつは自然主義崇拝でね。」といった。皆がどっと笑う。私がそのころ独歩を初め、白鳥青果なぞを読むのを父は苦々し気に見たからであるが、私は真赤になってキリキリ舞いに螺旋階段をすべり降りた。
大正六年十月二十一日午後、曇り日である。私は小金井の叔母の世話で秋田県人医師原平蔵長女富貴を妻に迎えることに話が進んだので、この日平蔵翁は用事のため郷里を出られなかったが妻貞子が長女富貴とその長兄東京帝大医科の学生素行および妹倫子をつれて初めて観潮楼を訪れたのである。媒酌は東大の石原喜久太郎博士である。森家では父と義母、私と小金井の叔母で、父も機嫌よく歓談した。客去ってから楼上の廊下で叔母と義母と私とが打ち合せした。気むつかしい義母もこの日は叔母に向って「あなたが母代りで何事もよろしく頼む」というのであった。
つぎは私が欧州に留学して帰った大正十三年の秋の一日。この時は父が私の留学中死去したので私が観潮楼の主人となり、母はその西側別棟の弟類の家に移っていた。楼上で母と私は父の遺品の整理をした。衣類や日ごろ座右に用いた調度類は、母が小金井家の叔母を相手に大体その整理をすましたのであるが、私の帰朝を待って扁額や掛軸、巻物、置物などの値ぶみをしたのである。