후리가나로 읽는 일본 고전
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がもううじさと
蒲生氏郷
幸田 露伴
幸田 露伴의 蒲生氏郷(がもううじさと)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 65,772자 · 128화면
、他人交際の間柄ではあり、戦乱の世の常であるから、形勢観望、二タ心抱蔵と出かけて、秀吉の方の催促にも畏まり候とは云わずに、ニヤクヤにあしらっていた。一ツは関東は関東の国自慢、奥羽は奥羽の国自慢があって、北条氏が源平の先蹤を思えば、奥羽は奥羽で前九年後三年の先蹤を思い、武家の神のような八幡太郎を敵にしても生やさしくは平らげられなかった事実に心強くされて居た廉もあろうし、又一ツは何と云っても鼻ッ張りの強い盛りの二十三四であるから、噂に聞いた猿面冠者に一も二も無く降伏の形を取るのを忌々しくも思ったろう。
然し政宗は氏康のような己を知らず彼を知らぬお坊ッちゃんでは無かった。少くも己を知り又彼を知ることに注意を有って居た。秀吉との交渉は天正十二年頃から有ったらしい。秀吉と徳川氏との長湫一戦後の和が成立して、戦は勝ったが矢張り徳川氏は秀吉に致された形になって、秀吉の勢威隆々となったからであろうか、後藤基信をして政宗は秀吉に信書を通ぜしめている。如才無い家康は勿論それより前に使を政宗に遣わして修好して居る。家康は海道一の弓取として英名伝播して居り、且秀吉よりは其位置が政宗に近かったから、政宗もおよそ其様子合を合点して居たことだろう。