후리가나로 읽는 일본 고전
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ちょうへんさっかとしてのマクシム・ゴーリキイ
長篇作家としてのマクシム・ゴーリキイ
宮本 百合子
宮本 百合子의 長篇作家としてのマクシム・ゴーリキイ(ちょうへんさっかとしてのマクシム・ゴーリキイ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 1,925자 · 4화면
「四十年」が長篇として失敗していることには、加うるに他の原因があったでしょう。「四十年」はゴーリキイのソレント住居時代に執筆されたものでした。人々の驚歎するような精励をもって、ゴーリキイは当時のロシアの若い作家たちの生育のために助力していたし、ソヴェト社会の建設に注目をも怠らなかった。そうではあってもイタリーはイタリーなのであるし、日常の皮膚から入って来るような生活的影響というものは、何といっても違う。まして、ゴーリキイのようにロシアの民衆の一人として全く生活的な発展をとげて来ている作家、しかもその作家的気質の主な傾向は感性的な作家である場合、当時の波瀾極りなきロシアの建設の現実、その気分、その亢奮から遠のいていたことは、作家としてゴーリキイの内部の焔の高さ、明るさ、暖かさをどの位低めていたか分らない。ゴーリキイ自身が想像し得なかった程度の作用を及ぼしていたと思われる。従って、クリム・サムギンという人物の詰らなさ。この人物が四十年のロシアの歴史の波と結びついている、その関係の受動性、謂わば無気力、或る面での歴史の波から個人的な穴の中への遊離は、私達に、作家とその日常生活とはかくも緊密なものであるという一箇の教訓として見える位です。