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いさましいはなし

いさましい話

山本 周五郎

「講談雑誌増刊号」博文館、1950(昭和25)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,835 字 · 73 页

青空文庫

肚はきめているが、さすがに平気ではいられなかった。玄一郎は江戸邸の道場では群をぬく達者で、十八の年からは小野派をまなび、そこでも上位から五番と下ったことはなかった。

しかし真剣での勝負はまったくべつである、一流の名人といわれる者が、夜盗の刃にかかることもある。ことに明日の相手は二人三人では済みそうもない、少なくとも白旗八幡の境内に集まった者は、みんな敵にまわすとみなければならない。

とすれば勝敗は問題ではない、どこまで闘えるか、どうすれば恥ずかしくなく死ねるか。つきつめたところ懸念といえば、その二つであるが、その二つの懸念がなかなか踏み切れるものではなかった。

「今夜は更けて湯を浴びるから」

家へ帰った玄一郎は、召使にこう命じて居間へはいった。

松尾はどこかの集りへいったそうで、夕餉にも姿をみせなかった。玄一郎はずっと居間にこもり、役所に関するものと自分の身辺の処置、また江戸の友人への手紙など、遺書のかたちでそれぞれに書いて封をし、手文庫を出して私信を焼いたりした。

すっかり終ったのは十時ころである。召使に茶を淹れさせ、ほっとして窓に倚ると、障子に青白く光りがさしている。