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いさましいはなし

いさましい話

山本 周五郎

「講談雑誌増刊号」博文館、1950(昭和25)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,835 字 · 73 页

青空文庫

玄一郎は、なにも云わなかった。松尾はこみあげてくる嗚咽に歯をくいしめ、喘ぐような調子でこう続けた。

「あなた、わかってあげて下さいまし、お父さまのお気持を、すなおに受けてあげて下さいまし」

だが玄一郎はやはりなにも云わず、苦痛を耐えるもののように眉をしかめて、暗い庭のあたりをじっと見まもっていた。

十月になって或る日、玄一郎は一人で柳瀬の淵で釣り糸を垂れていた。

よく晴れた風のない午後で、淵いっぱいに日が溜まり、うっかりすると眠くなるほど暖たかかった。

岸の上の雑木林では、頬白や鶫がしきりに鳴き交わし、枝を渡るたびにばらばらと枯葉を散らした。

玄一郎は手に持った釣り竿を見ていた。

――私は笈川さんを知っていました、温厚な、仁義の篤い、まことにいいお人でしたな。

いつかの津田の穏やかな、淡々とした話しぶりが思いだされた。

――叱られたり折檻されたことがおありですか。

玄一郎は、眼をつむる。実の親が子を思いやる言葉だった。叱られたり折檻されたりしたのではないか、辛い悲しいことはなかったか。

劬りかき抱く思いの、問いかけだったのである。そのとき自分はなんと答えたか、自分ではもうよく思いだせない。