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おせいとうじょう
お勢登場
江戸川 乱歩
「大衆文藝」1926(大正15)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,784 字 · 24 页
それに、女中部屋となると、一番遠い台所の側にあるのだから、殊更ら耳でもすましていない限り、先ず聞え相もないのだ。
格太郎は、段々上ずった声を出しながら、このまま誰も来ないで、長持の中で死んで了うのではないかと考えた。馬鹿馬鹿しいそんなことがあるものかと、一方では寧ふき出し度い程滑稽な感じもするのだけれど、それがあながち滑稽でない様にも思われる。気がつくと、空気に敏感な病気の彼には、何んだかそれが乏しくなった様で、もがいた為ばかりでなく、一種の息苦しさが感じられる。昔出来の丹念な拵えなので、密閉された長持には、恐らく息の通う隙間もないのに相違なかった。
彼はそれを思うと、さい前から過激な運動に、尽きて了ったかと見える力を更らにふりしぼって、叩いたり蹴ったり、死にもの狂いにあばれて見た。彼が若し健全な身体の持主だったら、それ程もがけば、長持のどこかへ、一ヶ所位の隙間を作るのは、訳のないことであったかも知れぬけれど、弱り切った心臓と、痩せ細った手足では、到底その様な力をふるうことは出来ない上に、空気の欠乏による、息苦しさは、刻々と迫って来る。疲労と、恐怖の為に、喉は呼吸をするのも痛い程、カサカサに乾いて来る。