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おせいとうじょう

お勢登場

江戸川 乱歩

「大衆文藝」1926(大正15)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,784 字 · 24 页

青空文庫

とは云うものの、後になって考えた所によっても、彼女のその咄嗟の場合の考えには、少しの粗漏もあった訳ではなかった。掛け金は独手にしまることは分っているのだし、格太郎が子供達と隠れん坊をしていて、誤って長持の中へとじ込められたであろうことも、子供達や女中共が十分証言して呉れるに相違はなく、長持の中の物音や叫声が聞えなかったという点も、広い建物のことで気づかなかったといえばそれまでなのだ。現に女中共でさえ何も知らずにいた程ではないか。

そんな風に深く考えた訳ではなかったけれど、おせいの悪に鋭い直覚が、理由を考えるまでもなく、「大丈夫だ大丈夫だ」と囁いて呉れるのだった。

子供を探しにやった女中はまだ戻らなかった。裏で洗濯をしている女中も、家の中へ入って来た気勢はない。早く、今の内に、夫のうなり声や物音が止まってくれればいい、そればかりが彼女の頭一杯の願いだった。だが、押入れの中の、執念深い物音は、殆ど聞取れぬ程に衰えてはいたけれど、まるで意地の悪いゼンマイ仕掛けの様に、絶え相になっては続いた。気のせいではないかと思って、押入れの板戸に耳をつけて(それを開くことはどうしても出来なかった)聞いて見ても、やっぱり物凄い摩擦音は止んではいなかった。