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このこをのこして
この子を残して
永井 隆
「この子を殘して」大日本雄辯会講談社、1948(昭和23)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 102,102 字 · 203 页
扉の挿絵
「永井博士一家(写真右より誠一さん、博士、茅野さん)」のキャプション付きの写真
永井博士一家(写真右より誠一さん、博士、茅野さん)
「浦上天主堂の廃墟にたつ誠一、茅野兄弟。」のキャプション付きの写真
浦上天主堂の廃墟にたつ誠一、茅野兄弟。
この子を残して
うとうとしていたら、いつの間に遊びから帰ってきたのか、カヤノが冷たいほほを私のほほにくっつけ、しばらくしてから、
「ああ、……お父さんのにおい……」
と言った。
この子を残して――この世をやがて私は去らねばならぬのか!
母のにおいを忘れたゆえ、せめて父のにおいなりとも、と恋しがり、私の眠りを見定めてこっそり近寄るおさな心のいじらしさ。戦の火に母を奪われ、父の命はようやく取り止めたものの、それさえ間もなく失わねばならぬ運命をこの子は知っているのであろうか?
枯木すら倒るるまでは、その幹のうつろに小鳥をやどらせ、雨風をしのがせるという。重くなりゆく病の床に、まったく身動きもままならぬ寝たきりの私であっても、まだ息だけでも通っておれば、この幼子にとっては、寄るべき大木のかげと頼まれているのであろう。けれども、私の体がとうとうこの世から消えた日、この子は墓から帰ってきて、この部屋のどこに座り、誰に向かって、何を訴えるのであろうか?