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このこをのこして
この子を残して
永井 隆
「この子を殘して」大日本雄辯会講談社、1948(昭和23)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 102,102 字 · 203 页
それで私はカヤノたちから絵筆を取り上げたりなどはすまいと思う。
今日は日曜、雨なので遊びにも出られず、友だちも来ず、カヤノは机に座って、しきりにクレヨンを動かしている。寝ている私には机の裏側が見えるだけで、何を描いているのやら見えないが、まるで紙芝居のように、絵の中の人物がお話をしたり、背景が説明されたりするので、大体の見当がつく。しかし登場人物も背景もいちいち描かねばあらわれてこないから、手間どる。手間どるうちに作者の気が変わって、お花見が海水浴になったり、筋を忘れて、本原のおじさんのうちへ蜂蜜をもらいに行くはずのが、寺井田へ行って夏みかんをもらってしまったり、描きそこねて姉ちゃんがお婆さんになって、話の筋がまとまらなくなって困ったり、伴奏が興に乗りすぎクレヨンの草色がいちめんに躍ったため、花の咲く余地がなくなったり、ぞうりが片一方見えなくなったりする。
「カヤノが、リボンをつけて……セーラー服着て……どこへ行こうかなあ……靴はいて……ウン、そうそう、五島へ……サツヨ姉ちゃんとこへ……お船にのって行きます。誠一兄ちゃんも行きます。はい、中学校の帽子かむって……はい、ボタンをつけて……エ? 兄ちゃんのほうがカヤノより小ちゃくなっちゃったワ……海は荒海、向こうは佐渡よ……佐渡ってどこね? お父さん。