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このこをのこして
この子を残して
永井 隆
「この子を殘して」大日本雄辯会講談社、1948(昭和23)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 102,102 字 · 203 页
「お母さん」の二つの声こそは、孤児にとっては、いちばん大切な秘宝である。この宝は他のだれにも奪われたくない。
子は親に対する操をもっている。この操は他のだれにも汚されたくない。
その宝を横取りする職員。その操をむざんにも踏みにじる職員。
純情な子であれば、泣こうではないか? 親孝行な子であれば、むかつこうではないか?
そして、この宝を守り、操を護るために、収容所を飛び出す気になろうではないか?
いい子が逃げる。しっかり者が逃げる。それが当たりまえだ。
――しかも、職員は初めから悪意がない。ひたすら孤児の幸福を願ってやっていることなのである。こんなにまで努めても孤児が逃げ出すからには、まだわれわれの「父となり」「母となり」かたが足りないからであろうと考えて、さらに一層強く「お父さん」「お母さん」ぶりを発揮する。――
――善意の人のつくり出す一つの悲劇というべきか?
これは孤児収容所だけに限った話ではない。
私が亡くなった後、誠一とカヤノとはどなたかの手もとに引き取られるであろう。いささか礼を失するかもしれぬが、私はしっかりと、ここに言い残しておく。