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このこをのこして

この子を残して

永井 隆

「この子を殘して」大日本雄辯会講談社、1948(昭和23)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 102,102 字 · 203 页

青空文庫

夜更けてわが家に帰る途で足が動かなくなり、べたりと路の上に座ったことが幾度あったろう。時には案じて迎えに来てくれた妻の肩にすがって、ようやく家の門にたどりつくこともあった。卵酒があたためてあったりした。……私は幸福だった。

――そんな調子だったから、私の放射線室に実際に働いていた時間は毎日十時間に達していたろう。一日〇・二レントゲン単位をずいぶん上回る放射線が私の肉体に射ちこまれていた。このまま数年続けるなら、恐ろしい原子病の起こることは、日食を予報するのと同じ確実さで、わかっていた。わかっていながら、相変わらず私は働き続けた。それは、国家が私に働くことを求めていたからでもあり、私に代わってその任に当たる専門家がほかになかったからでもあったが、私には、どんなにへとへとに弱り疲れていても、患者さんの顔を見ると診療せずにはおられぬ本能があった。いや、私はとにかく放射線の研究が好きで好きでたまらなかったからのことである。

予期され、予防に心を用いられていた原子病は、ついに私の肉体に慢性骨髄性白血病および悪性貧血の形であらわれてきた。それは研究を始めてから満十三年の後のことであり、戦時中の無理な勤務満五年の後のことであった。